生徒に謝れる教員は、強いです。謝れない人ほど肩書きに頼っています

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生徒に謝れる教員は、強いです。謝れない人ほど肩書きに頼っています

生徒に謝ると、舐められる。

そう思っている先生は、けっこういます。若い先生ほど、そうです。

私は逆だと思っています。謝れる教員のほうが、強いです。

私自身、しょっちゅう謝っています。 この記事では、その理由を書きます。

謝れる構造の図。自分がリスペクトされている場所を先に決めておくと、それ以外の失敗は普通に謝れる

私が謝っているのは、こういうときです

まず、実際に何を謝っているかを書きます。

  • 一般人として、社会人としてできていなかったこと
  • 約束したのに、できていなかったこと
  • 授業で、誤った知識を言ってしまったとき
  • 時間を守れなかったとき

特別なことは1つもありません。教員でなくても謝る場面ばかりです。

そして、そこが大事なところです。教員だから謝らなくていい場面というのは、実は存在しません。

謝れるかどうかは、先に決まっています

ここからが本題です。

謝れる人と謝れない人の差は、性格ではありません。

差がつくのは、これを持っているかどうかです。

自分が生徒にリスペクトされている場所を、言語化できているか。

私の場合を書きます

私が生徒から一定の敬意を持たれているとしたら、たぶんここです。

  • 実際に行動に移していること
  • 実際に、たくさんの経験をしていること
  • 自分の実体験から教育していること

具体的にはこういう形になります。教育以外で働いた経験、お金を稼いだ経験から、社会の授業を組み立てる。 仕事の相手との打ち合わせで失敗した話、うまくいった話を、そのまま授業で話す。

★極端なことを言えば、教員という資格がなく、教壇に立つ資格がなかったとしても、その生徒からリスペクトをもらうことはできると思っています。

だから、それ以外での失敗は普通に謝れます

自分が立っている場所がはっきりしていると、そこ以外での失敗は、怖くなくなります。

時間に遅れた。知識を間違えた。約束を忘れた。どれも、自分の芯を否定するものではないからです。

逆に、立っている場所が言葉になっていないと、すべての失敗が自分の価値を削るように感じます。だから謝れなくなります。

謝らないと、何が起きるか

謝らずに済ませると、生徒はこう受け取ります。

「この先生に言っても無駄だ」

「この人は、上下関係を崩すつもりがない」

そして、関係が浅くなります。

とくにまずいのは、生徒のほうが正しいときです。

正しいのは生徒なのに、教員が引かない。そうすると生徒は、「この人にとっては、教員と生徒の上下関係を守るほうが大事なんだ」と理解します。

そのとき、リスペクトはむしろ失われます。 守ったつもりの権威が、いちばん削れます。

「謝ると舐められる」は、別の話です

では、謝ると舐められるのか。これは、まったく別の話です。

例で考えてみてください。

人気のあるアイドルが、約束の時間に来られなかったとします。当然、謝ります。それで、その人が舐められるでしょうか。

なりません。なぜなら、その人がステージで真剣に向き合ってきた姿は、別のところにあるからです。 遅刻を謝ったくらいで、そこは崩れません。

リスペクトは、謝罪では減りません。

舐められるのは、こういう人です

★ここが、この記事でいちばん言いたいところです。

自分の強みや、リスペクトを受けている対象を持てない人ほど、「教師という肩書き」でリスペクトしてもらおうとします。

そして、そうすると実はリスペクトを得られません。

肩書きは、生徒が敬意を払う理由になりません。生徒が見ているのは、その人が何をしてきたかです。

だから、順番はこうなります。

  1. 自分がリスペクトされている場所を、言語化する
  2. それ以外の失敗は、何度でも謝る

この形なら、謝るほど関係が良くなります。

謝れない人は、代わりに怒ります

謝らずに上下関係を保とうとすると、残る手段は1つしかありません。怒ることです。

ここで、身も蓋もないことを書きます。

ずっと怒っているということは、怒ることに効果がないということです。

効果があるなら、1回で終わっているはずです。同じ生徒に、同じことで、何度も怒っている。それは指導が効いていない証拠であって、生徒の問題ではありません。効かない手段を、繰り返し使っているだけです。

しかも、怒りで押さえている間、生徒が学ぶのは1つだけです。「この先生に怒られないようにする」。行動は変わりますが、変わるのは先生の前だけです。

謝れる人は、怒る回数が自然に減ります。自分が立っている場所が別にあるので、いちいち力で押さえる必要がないからです。 間違えたら謝る、おかしいことはおかしいと普通に言う。それで足ります。

生徒指導で押さえ込まずに動かす考え方は悪口を言う賢い生徒を指導する方法に書いています。損得で話すと、怒らなくても通ります。

まとめ:謝れないのは、立っている場所がないからです

  • 私はしょっちゅう謝っています。時間、約束、授業で言い間違えた知識
  • 自分がリスペクトされている場所を言語化するのが先
  • そこがはっきりすると、それ以外の失敗は怖くなくなる
  • 謝らないと「上下関係を守るほうが大事な人」だと思われて、逆にリスペクトを失う
  • 謝罪でリスペクトは減らない。減るのは、肩書きに頼ったとき
  • 何度でも謝っていい

生徒や同僚との距離の取り方は職場のメンタル術に、若いうちの立ち回りは定時で帰る教員の1日の回し方に書いています。管理職との関係は校長と接点を持つと、学校の権限が使えますへ。

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